CBD/ABSセミナー
「生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)報告会」
日 時 :2023年2月21日(火)15:00~16:30
場 所 :ZOOMウェビナーによるリアルタイム配信
プログラム
新型コロナウィルスの影響で開催が延期されていた「生物の多様性に関する条約(以下、CBD)」の第15回締約国会議パート2(以下、COP15)が2022年12月7日から19日までカナダ・モントリオールで開催された。
COP15では、「2020年以降の生物多様性枠組(GBF)」、「デジタル配列情報(DSI)からの利益配分」など、数々の注目議題があったが、結果として、GBF(「昆明・モントリオール生物多様性枠組」と命名)、資源動員、DSIからの利益配分がパッケージとして採択される政治的な決着となった。DSIからの利益配分は決定されたが、その具体的な方法については公開WGを設置して議論、COP16で最終化することになっている。また、GBFでは、例えば、気候変動枠組み条約と同じく、企業活動に対して生物多様性への影響の評価や開示が求められているなど、企業に関する記述も見受けられる。
今回のセミナーでは、バイオテクノロジー・ライフサイエンスの発展の点で重要と考えるDSIからの利益配分と、企業活動を行う上で留意を払うべきGBFについて講演を行った。後者については、幅広い見地からの情報提供を行うため、専門家として、環境ポジティブな企業活動をアドバイスする(株)レスポンスアビリティの足立氏にお願いした。
講演1:「生物多様性条約第15回締約国会合(COP15)におけるDSIに係る議論の概要」
堀部 敦子氏(経済産業省商務・サービスグループ 生物化学産業課 生物多様性・生物兵器対策室)2022年12月にモントリオールで生物多様性条約第15回締約国会議が開催された。デジタル配列情報に関する交渉はCOP15の直前に開催された生物多様性枠組第5回公開作業部会(OEGW5)と合わせると、12月2日から19日まで行われたこととなる。本来COP15の開催地は中国であったが、2021年に中国・昆明でセレモニーのようなパート1が開催されたものの、ゼロコロナ政策を受けて、パート2は議長国は中国のままの開催地はカナダ・モントリオールに変更された。
COP15の最大のポイントは、愛知目標の後継にあたる2020年以降の生物多様性枠組であり、正式名称「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の採択である。次の大きなポイントは、遺伝資源に係る塩基配列情報の使用から生ずる利益配分であり、結論から言えば、多数国間メカニズムを設置し、他のオプションも含め公開作業部会(AdHoc Openended Working Group: WG)を設置してCOP16に向けて検討する決定が採択されたことである。
GBFに記載されたABSの関係箇所としては、理念的なゴールのCにデジタル配列情報が利益配分の対象に入っていることと、2030年までの行動目標であるターゲット13に、ゴールを達成するための、あらゆるレベルにおいて効果的な立法、行政または政策上の措置を執ることが明記されていることである。また、ターゲット15には、ビジネスの事業者に対し、生物多様性に関する情報開示のみならず、アクセスと利益配分に関しても該当する場合は遵守状況を情報開示が記載されており、そのような情報開示の圧力がかかる可能性があるので留意が必要である。
経緯について触れると、本講演の主題であるDSIの議論は、塩基配列情報が出てきたことによって遺伝資源の利用を回避してDSIも遺伝資源の中に含まれるので利益配分すべき、と途上国による主張から始まっている。前回の締約国会議以降、オンラインでのOEWGやOEWG共同議長のDSIに関する非公式諮問会合(IAG・拡大IAG)などで、DSIの利益配分方法が議論されてきた。利益配分方法は「ポリシーオプション」としてざっくりまとめられた6つを、19のクライテリアで、IAGメンバーが主観的に評価したものがCOP15へ報告書として出てきている。
そのような状況で、モントリオールで国際会議が開催された。DSIはコンタクトグループの下に設置されたフレンズオブチェアー会合において締約国ステイタスが参加してテキストの交渉が行われた。交渉では、IAGの結果と同様に多数国間メカニズムが選好され、DSIの利益配分に対して合意が得られなければGBFの採択はしないという圧力がかかる中、日本はDSIの定義や範囲の明確化の必要性、法的整合性及び実行可能性への疑義をある旨の主張を続け、他にも既にDSIに関する国内法令を持つ国々は二国間制度も存続させることを主張した。10日間ほど各々の主張に基づきテキスト交渉が行われ、修文が繰り返されていたが、12月18日朝に議長ペーパーが出て、ハイレベルでの調整となって政治レベルに移行することで事態は動き、結果、19日の深夜に6テーマがまとめて採択され、DSIに関してはDSIの使用による多国間利益配分メカニズムの設置と、公開作業部会設置して詳細はOCP16に向けて検討することが決定された。本来であれば報告会なので、どういう交渉が行われ、どういう結果につながったかを報告すべきだが、ハイレベルでの調整で交渉の詳細が不明なため、代わりに決定の内容について紐解きたい。
DSIに関する決定はhttps://www.cbd.int/doc/decisions/cop-15/cop-15-dec-09-en.pdfに掲載されている。決定の概要だが、前文には、DSIの範囲に関する見解の違いがあること、他の条約でもDSIの議論がされていることとそれぞれのフォーらがDSIに関するアプローチを取りうる事が明記されている。本文には、DSIの使用(use)から生ずる利益は公正かつ衡平に配分するということ、DSIの利益配分の解決策は多数国間アプローチがパラグラフ9の基準を満たす可能性があること、DSI の使用により生じた利益は、特に生物多様性保全と持続可能な利用に使われること、DSIの利益配分のために多数国間利益配分メカニズムを設置すること、その詳細は多数国間メカニズム以外も含め公開作業部会で検討され、COP16で最終化すること、が盛り込まれている。さらに付属書には、更なる検討課題が列挙されている。
さらに個別に見ていく。まず前文においては、先ほど概要で述べたものの他にも、公共データベースについての価値を認識することや、全く議論がなかったFAIR&CARE原則が記載されていたり、議論もめていた点であるDSIの利益配分は革新的な収入創出手段となりうるとの記載についてブラケットが外れて入っていたりしている。日本が主張していた定義の明確化については、概念とスコープには相違がありそれらの必要性についても見解が分かれるということが明記されている。これらの上で、多数国間メカニズムを合意するんだ、という本文につながっている。
本文における主たるポイントは多数国間利益配分メカニズムの設置だが、メカニズムの中身についてはCOP16にて最終化することになっている。そのために今後、一時は限定人数の非公開の話も出ていたものの、ステークホルダーが参加できることになった公開型の作業部会が設置され、後述する付属書に記載の要素を含んだ多国間メカニズムの開発が行われるが、その間、各国等の付属書に関する見解提出が行われ、更に可能であれば他の多国間メカニズムの調査(公開作業部会が選好したメカニズムやオプションが、どの程度決定9項の基準と10項に記載されている先住民等への貢献の分析、バリューチェーンに沿って(利益配分としての基金への)収入の創出と実施の可能性とコスト)することになっている。
尚、付属書については、今後検討するべき事項が列挙されているが、(g)からは多国間メカニズムの設置が決定されたとはいえ他の選択肢が排除された訳ではない事が読み解ける。とはいえ、従来の2国間メカニズムについては、「DSIにかかる利益配分アプローチはCBD及び名古屋議定書の権利及び義務に影響を及ぼさず、各国のABS措置を損なわない事」との記述として残されているものの、一方で、2国間メカニズムで実施されるトラッキング&トレースはDSIでは現実的ではないこと、多数国間アプローチが解決策の基準を満たす可能性があることも明記され、全体的には多数国間メカニズムの方が優れているという記述ぶりとなっている。例外は出てくるかもしれないが、多数国間が満たす可能性のある基準とはパラグラフ9に記載されているもので、効率的であり、実施可能であること、効果的で、法的安定性と明確性を提供すること、研究とイノベーションを阻害しないこと、データの(無料とは限らないが)オープンアクセスと調和すること、国際的な法的義務に反しないこと、他のABS文書と相互に補完的であること、先住民等の遺伝資源に関連する伝統的知識に配慮すること、の9項目がある。この9項目はCOP16で決定したメカニズムをCOP18でレビューする際の基準となる。
COP15は終了したが、本格的な交渉はこれからである。日本が主張し続けたDSIの定義と範囲については、利益配分するかどうかや、メカニズム策定の議論が先行し、議論されておらず、今後もDSIという文言が継続使用される事が決定に明記されているにとどまっている。DSIが何なのかが明確でない上に、多国間と2国間のハイブリットアプローチの余地が残ること、利益配分を誰が負担するか、任意なのか義務なのかが、任意と言えどターゲット15の関係で圧力がかかる懸念、等、考えておくべきことは多い。COP15はハイレベルでの政治決着をみたため、決定文書の詳細があいまいなところも多い(名古屋議定書で使われていた“Utilization”ではなく、DSIに関しては“Use”が使われている事、決定の法的位置づけ(agree))。COP16までが正念場になるが、日本の学術、産業界の発展を考えてみんなで知恵を出し合ってより良い方向に議論を進めていければいいと思う。今後ともご協力をお願いしたい。
講演2:「昆明・モントリオール生物多様性枠組と企業への影響」
足立 直樹氏((株)レスポンスアビリティ 代表取締役)※COP15では、2030年までの世界目標である生物多様性世界枠組(GBF)が採択された。まずGBFの概要について、次に企業への影響についてお話ししたい。
GBFには2050年までのビジョンと2030年までのミッションの記載がある(セクションF)。『昆明・モントリオール生物多様性枠組のビジョンは、「2050 年までに、生物多様性が評価され、保全され、回復され、そして賢明に利用され、それによって生態系サービスが保持され、健全な地球が維持され、すべての人々に不可欠な恩恵が与えられる」自然と共生する世界である。」愛知目標とあまり変わりはないが「回復」という文言が追加されている。また、2050年のビジョンを達成するための2030年までのミッションとしては、「生物多様性を保全するとともに持続可能な形で利用すること」、そして「損失を止め、反転させるための緊急の行動をとること」が記載されている。2050年のビジョンに関する4つのゴールA~Dが記載されている(セクションG)。
ゴールA:
- すべての生態系の健全性、連結性及び強じん性(レジリエンス)が維持され、強化され、又は回復され、2050 年までに自然生態系の面積を大幅に増加させる。
- 人間によって引き起こされる既知の絶滅危惧種の絶滅が阻止され、2050 年までに、すべての種の絶滅率及びリスクが 10 分の1に削減され、在来の野生種の個体数が健全かつ強じん(レジリエント)な水準まで増加される。
- 野生種及び家畜・栽培種の個体群内の遺伝的多様性が維持され、その適応能力が保護される。
ゴールB: 2050 年までに、生物多様性が持続的に利用及び管理されるとともに、生態系の機能及びサービスを含む自然の寄与が、高く評価され、維持され、そして現在低下しているものが回復されることで強化されることにより、持続可能な開発の達成を支え、現在及び将来の世代に便益をもたらす。
ゴールC:
国際的に合意された取得と利益配分に関する文書に従い、遺伝資源に関連する伝統的知識を適切に保護しつつ、遺伝資源、遺伝資源に関するデジタル配列情報及び該当する場合には遺伝資源に関連する伝統的知識の利用から生じる金銭的・非金銭的利益が、公正かつ衡平に、必要に応じて先住民及び地域社会も含めて配分されるともに、2050 年までに大幅に増加することによって、生物多様性の保全及び持続可能な利用に貢献する。
ゴールD:
(生物多様性を守っていくための必要額である)年間 7,000 億ドルの生物多様性の資金ギャップを徐々に縮小し、資金フローを昆明・モントリオール生物多様性枠組と 2050 年ビジョンに整合させながら、昆明・モントリオール生物多様性枠組を完全に実施するための、資金源、能力構築、科学技術協力、技術へのアクセスと技術の移転を含む、十分な実施手段が、すべての締約国、とりわけ後発開発途上国、小島嶼開発途上国及び経済移行国を含む特に開発途上国に対して確保され、衡平にアクセスできるようになる。
ゴールA~Dを達成するために、2030年までの23のターゲット(行動目標)が設定されている(セクションF)。2030年までに陸水域の30%を保全するサーティバイサーティ(30×30)や、自然と野生生物と人間の3つの健康を守るワンヘルスに通じる項目、侵略的外来生物の導入と定着を半減される事、汚染の削減、自然に基づく解決方法(NbS)等を通じて多様性への影響を最小化すること、農林水産業の持続可能性、自然の恩恵の回復・維持・強化、自然に配慮した都市計画、遺伝資源とDSIの利益配分、生物多様性の多様な価値の政策的統合、食料廃棄物・消費フットプリントの半減、バイオセーフティ措置の確立、生物多様性な有害な補助金の削減と改革、民間資金を含む資源動員、途上国への能力構築・技術移転等の強化、最良のデータの利用を可能にすること、先住民等、女性、子供の参加、ジェンダーの公平性の確保があるが、これら行動目標の中にも企業に求められることは多い。特に関係する部分は、項目7の、ドラフトよりもトーンダウンしているとはいえ、汚染削減(肥料の過剰投与の半減、農薬・化学物質のリスクの半減、プラスチック汚染の防止、削減、廃絶に向けた努力)の目標を掲げている点、項目15の生物多様性への依存と影響を評価して開示すること(場合によってはABS規則等の遵守状況についても)、それを業務のみならずサプライチェーンやバリューチェーン、投資のポートフォリオの広い範囲においても国から企業に開示を要求するよう求めている点、である。
COP15で決まったことを一言で表すのであれば、これからは「ネイチャーポジティブ」を目指すということ。ネイチャーポジティブという文言自体はGBFの中では使われていないが、GBFが目標としているのは実質的にネイチャーポジティブと言える。「ネイチャーポジティブ」を説明すると、現在減少している生物多様性の損失がどこかで底打ちさせ、2030年までには増加に転換し、2050年までには人間社会を維持するのに必要な生態系の機能が十分に回復することを目指すということ。
生物多様性条約においてはネイチャーポジティブ、気候変動においてはカーボンニュートラル、この2つは環境回復に向けて連関性が高く同時に取り組む必要がある二大目標になるであろうと言われている。
次に、GBFの企業に影響して述べる。今後、各国国内ではGBFは国家戦略に落とし込まれ、その戦略に基づき個別法が策定され、この法令が企業のアクションを促すという構図になろう(2023年2月21日現在、日本では生物多様性国家戦略改訂案のパブコメ中)。国家戦略は日本だけではなく、他の世界地域でも進められており、EUは何年も前から複数の戦略やイニシアティブが、今回のGBFに沿う形で策定されている。むしろGBFの中にEUの考え方が反映されているともいえる。進んでいない地域では、企業や金融が先行していたり、Business for Nature(BfN)など企業団体が行動している場合もある。これらの活動は、気候変動での2000年ごろからの経験が反映されていることも多く、よって変化は早く訪れることが予想される。ただ、CBDは生物や生態系を対象としているので問題は遥かに複雑で対応困難であり、地球規模で循環している温室効果ガスとは違い、地域ごとの特性もあるために単純にオフセットを考えることは難しい。それでも、今回のCOP15では現在の企業経営の在り方がよりネイチャーポジティブな方向となることを求められているのは間違いない。なぜかといえば、30×30など自然を保全するだけではもはや環境の回復には及ばないため、企業活動が自然にダメージを与えない持続可能な消費と生産に転換し、目標達成することが人類として必要とされているからである。よって、GBFの後に企業へは、森林破壊(原因の一番が畜産で45%、パームオイル10.5%、大豆8.2%、など)につながっている原材料調達のサプライチェーンの見直し、土地開発をする際の方針・配慮の見直し等、徹底的に生物多様性への負荷を減らすことが求められる。さらにはオプションとして生態系を増やす活動が求められる。これは義務ではないが、莫大な投資を呼びこもうとしており、新しいビジネス、市場を生む可能性がある。情報開示はそういった流れを加速させるものである。具体的には、英国では環境保護法2021、欧州委員会でも2022年にデューデリジェンス規則が暫定合意されるなど、原材料のデューデリジェンスを求めるようになっている。そのツールである認証制度でもトレーサビリティが確認できないものは持続可能なものではないとして市場から排除される仕組みが出来上がりつつある。ただ、日本においては欧州で認められるような認証制度のついた原料は流通量の少なさや価格の点からも入手しにくい状態となっており、原料調達の上流でサプライヤーとの協働が必要となっている。世界的な先進企業(例えばネスレ、ユニリーバ、ペプシコ、テスコ、ロクシタン、ルイ・ヴィトン等)は既にこうした活動を始めている。
更にEUでは、原料調達のみならず、EUタクソノミーという投資基準を作って投資がグリーンであるかをどうか開示させているが、これは実は投資家にグリーンな企業を選ばせる、つまりグリーンな事業にお金を流させるということを行っていると言える。まこうした動きと並行して、CDP、TNFD,IFRS等の投資に関係する様々な機関も、企業に情報開示を求めようとしているが、GBFはまさにそのことを後押ししている。
したがってGBF以後、企業は今までの延長線上ではなく、新しいやり方・考え方が必要となっている。経営者がその意識を持つことが重要である。
※ アドバイス等、コンタクト先:(株)レスポンスアビリティ info@responseability.jp