CBD/ABSシンポジウム
「CBDにおけるデジタル配列情報(DSI)に関する議論の動向」
日 時 :平成30年2月28日(水)13:00~17:00
場 所 :ステーションコンファレンス東京(サピアタワー)503号室
プログラム
「開会挨拶」 経済産業省 商務情報政策局商務・サービスグループ 生物化学産業課
生物多様性・生物兵器対策室長 小出 純
- 「DSIを巡る国際交渉の概要」 削除しました 経済産業省 商務情報政策局商務・サービスグループ 生物化学産業課 課長補佐 小林麻子
- 「DSIに関する各国・各団体からの提出見解及び委託調査結果の概要」 (一財)バイオインダストリー協会 生物資源総合研究所長 井上 歩
- 「Digital Sequence Information: ICC views and perspective on international discussions
and developments」
Ms. Daphne Yong-d'Hervé (International Chamber of Commerce:ICC) - 「第1回専門家会合の概要報告」
東京農業大学 生命科学部 分子微生物学科 教授 藤田信之
休憩 - パネルディスカッション「今後のDSIの交渉に向けて」
モデレータ:高倉成男(明治大学)
①講演
・三輪清志(日本学術会議)
「提言:生物多様性条約及び名古屋議定書におけるデジタル配列情報の取扱いについて」
・藤井光夫(日本製薬工業協会)「日本製薬工業会のDSIに対する見解」
②質疑応答
③パネルディスカッション
パネリスト:
・井上 歩、藤井光夫、藤田信之、三輪清志、Daphne Yong-d'Hervé
内容:
!.「DSIを巡る国際交渉の概要」
経済産業省 商務情報政策局商務・サービスグループ 生物化学産業課 課長補佐 小林麻子 生物多様性条約(CBD)は1993年12月29日に発効し、生物多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分、という3つの目的を持つ国際条約である。その締約会合は概ね2年に1回開催され、デジタル配列情報の議論はCOP12の合成生物学の議論に端を発し、2016年12月に開催されたCOP13で今後検討していくことが決定された。その決定では、①各ステークホルダーからの見解の提出、②委託調査、③専門家会合の開催が盛りこまれている。前者2つは後者専門家会合の資料とされ、当該会合の報告は第22回科学技術上の助言に関する補助機関(SBSTTA22)で検討される。SBSTTA22からの勧告は、2019年11月に開催されるCOP14で検討されることとなる。
また、この「(デジタル配列)情報」は、遺伝資源を扱う他の国際文書の交渉においても同様の議論がなされており、その例として、国際海洋法条約の新協定策定作業や農業食糧のための植物遺伝資源条約を挙げた。
2.「DSIに関する各国・各団体からの提出見解及び委託調査結果の概要」
(一財)バイオインダストリー協会 生物資源総合研究所長 井上 歩 COP13の決定に従って、①「DSIの使用について、条約及び名古屋議定書の目的に対する潜在的な関係について事務局に対し見解を提出すること」、②「用語及び概念を明確にし、条約及び名古屋議定書の文脈におけるDSIの使用の程度並びに期間及び条件を評価するため、現状及びスコーピング調査研究を委託すること」の2点について報告した。
①は、2017年4月から9月8日まで受け付けられて、14の締約国、1の非締約国、40の組織、利害関係者から見解が提出された。日本からは日本政府、日本製薬工業協会、バイオインダストリー協会が提出した。見解は、DSIの導入支持、不支持を表明するものではないのが、それらを分析し、明かに記載をされているものについて主張の集約を試みた。
DSIの不支持派の主張は大体一致している(スライド15)が、支持派の主張ポイントは、CBD及び名古屋議定書で遺伝資源の定義の文言はそのままに、解釈において「情報は既に含んでいる」ということ、DSIは遺伝資源の利用である、利益配分が必要である、という点で類似している。遺伝資源の定義はそのまま、ということは、すなわち、議定書の再交渉を意図して(望んで)いないということである。利益配分の方法については、アフリカグループとブラジルのみが、名古屋議定書第10条にある地球規模の多数国間利益配分の仕組み(GMBSM)に言及しており、その他の国は、(既にデータベースに掲載されているものも含めて)DSIのトレーサビリティを確保し、提供国に利益配分をすべしとして自国への利益配分を求めている。定義については、導入支持派は利益配分の対象を広げるため、よりinformationそのものへ、一方、不支持派は議論の対象を明確にするべきとしてより具体的な用語を提案している。
スコーピング調査研究については、その概要を報告した。
これらの資料は、AHTEGやSBSTTAの検討材料となる。
3.「Digital Sequence Information: ICC views and perspective on international discussions and developments」
Ms. Daphne Yong-d'Hervé (International Chamber of Commerce:ICC) ICCの紹介、CBDとの係わりを説明した。
次に、本セミナーの主題であるDSIの国際議論について、DSI導入派の主張ポイントを紹介した。DSIを利益配分を行う対象とするアプローチは2パターンあり、既に定義に入っているというものと、定義を拡大するというものがある、一方、利益配分の方法については、多数国間利益配分メカニズムを設置し、そのメカニズムを通じて行うものと、それぞれのデータの元となった遺伝資源の提供国に戻す発想がある。
そのような提供国の主張を踏まえ、ICCは次のように意見を発信している。
①DSIは現在の所CBDや名古屋議定書の範囲ではない(条約と議定書の定義から)
②条約等の範囲は拡大するべきではない(議定書の再交渉となる)
③パブリックドメインにある情報はアクセスフリーであるべき(名古屋議定書規定の遡及適用を構成する)
その理由として、CBDや名古屋議定書の規定や目的に反することに繋がり、更にオープンイノベーションを阻害し、法的確実性を減ずることが挙げられる。従って、DSIを利益配分の対象とすることは、遺伝資源のイノベーションについて負の影響を及ぼす、と結論付けた。
ICCは、今後に向けて、①DSIは相互に合意する条件(Mutually Agreed Terms: MAT)で扱われる、②まずに実施を優先すること(提供国における保全や持続可能な利用の制度や明確なルールを作って法的確実性を安定させることを先にして欲しい)、③DSIを導入することでの評価をすること(負の影響についても)を提案する。
4.「第1回専門家会合の概要報告」
東京農業大学 生命科学部 分子微生物学科 教授 藤田信之 COP13の決定に基づき、2018年2月13~16日にカナダのモントリオールにてDSIに関する専門家会合が開催された。この会合はCBDの14の締約国からとオブザーバ1国、国際機関及び国連会議のオブザーバ団体、NGO、それらから各1名、計24名の専門家及び事務局がメンバーである。議長の判断により、参加者全員が同等の発言権を持つとされた。
この会合の議題は、COPで決定された3つ、すなわち①DSIの用語及び概念の整理、②DSIが生物多様性の保全及び持続可能な利用に及ぼす可能性のある影響、③DSIが遺伝資源の利用によって得られた利益の配分に及ぼす可能性のある影響、について検討することである。
①用語及び概念の整理においては、権利拡大への足がかりとしてなるべく広くしたい側と、議論するためには対象を明確にすべしという側に2分され、Natural informationという遺伝資源に関するあらゆる情報を含むものから、Genetic sequence dataという対象を明確にするものまで、様々な案が出た。結果として報告書では”DSI”(引用符付)とすることになった。
②DSIと保全と持続可能な利用との関係(DSIが保全と持続可能な利用に貢献していること)については、誰も異論がなかった。
③DSIと利益配分との関係については、関係者全員が最も興味のある所であり、”DSI”の利用がABSの対象かどうかについてはまだ締約国会議で判断されていない事を前提に、DSIの一般理解を議論し、利益配分の影響の賛否意見を提供し、利益配分が必要という更なる仮定のもとに利益配分方法についてそれぞれが意見を述べた。報告書は若干の偏りがあるが概ねすべての意見が掲載されている。この議論は長く続くであろうという所感を述べて締めくくった。
5.パネルディスカッション
モデレータ:高倉成男(明治大学)
パネリスト:・井上 歩、藤井光夫、藤田信之、三輪清志、Daphne Yong-d'Hervé
(1) ショートプレゼンテーション
ディスカッションに入る前に、学術界から、日本学術会議によるDSIに関する提言と、産業界の意見として、日本製薬工業協会からCBD事務局に提出した見解について紹介された。
①「提言:生物多様性条約及び名古屋議定書におけるデジタル配列情報の取扱いについて」
三輪清志(日本学術会議農学委員会・食料科学委員会合同 農学分野における名古屋議定書関連検討分科会副委員長、味の素フェロー)
日本学術会議は、2018年1月22日に「生物多様性条約及び名古屋議定書におけるデジタル配列情報の取扱について」を発表した。
日本学術会議は、すべての分野の科学者を代表し、政府に対する政策提言、国際的な活動、科学の役割についての世論啓発、科学者間ネットワークを構築、について活動している内閣府の特別機関である。
名古屋議定書は学術研究にインパクトがあるにも拘わらず、関心がないことに危機感を覚え、特に今回のデジタル配列情報については研究への影響が大きいので、今回の提言は2つのライフサイエンスに関わる分科会の合同で出した。
提言の概略は次の4つに集約される。
DSIの利用は生物多様性条約及び名古屋議定書の枠組みに含めるべきではない。
-定義にも加えるべきではない。
デジタル配列情報の公表や利用に制限を加えるべきではない。
-デジタル情報は科学技術の基盤となっており、オープンアクセス慣行に反する。オープンアクセスに制限を加えることは、世界の科学の進歩、ひいてはCBDの保全と持続可能な利用の目的達成に阻害となる。
遺伝資源へのアクセス体制の整備が優先されるべきである。
-CBDが出来てから20年以上経っても、資源提供国における法整備や研究者の認知が進んでいない。そのことは共同研究や遺伝資源の開発の遅滞に繋がっている。まずそのことから解決していくべきである。
世界中の科学者は議論に加わるべきである。
-恐らく資源国のオープンデータベースの利用者は認識していないと思われる。日本の 研究者もこの問題に疎い。学術振興に影響があるので、国際的な連携を図って議論に参加していくことが重要という認識である。
②「日本製薬工業協会の(DSIに対する)スタンス」
藤井光夫(日本製薬工業協会)日本製薬工業協会は、CBDが募集したDSIに対する見解提出が募集された際に、次の通り見解を提出した。
産業界にとって最も大事な法的確実性が減じる
-現状でも法的確実性が確保されているとは言いがたい上に、更に不確定要素が加わる。
遺伝資源の定義にDSIは含まない
-定義及び交渉の経緯から
DSIへのフリーアクセスは研究開発にとって必須
-CBDの第12条「研究及び訓練」のために
従って、今後DSIの議論を行うことは不必要である。ただし、この議論を止めることはもはや不可能であり、産業界が議論に貢献するためにはどのような事ができるのかは今後の検討事項であるが、例えば、保全や持続可能な利用や、開発途上提供国の産業への負の影響等のエビデンス提供等が考え得る。また、新薬開発企業は先進国のほんの一握りの国でしか行われていないので、状況を理解してもらうことは非常に難しいとは思うが、開発途上国の企業とのネットワークの構築等も考えていく必要がある。
(2) パネルディスカッション
冒頭、モデレータの高倉教授から、なぜ今、本議論が出てきたのか、その背景についての考えが述べられた。
- CBDは、先進国にとって環境保護を目的とした条約である一方、開発途上国としては利益配分を第一目的とした条約であること。(保全と利益配分はリンクしていない。南北格差の是正のための方策に過ぎないという考えがある)
- 現在、産業(利益の源泉)が目に見える物の流通から、情報へという第4次産業革命への移行していること。
このような背景の説明の後、パネルディスカッションが行われた。
現状
- 現状のABSの枠組の中で、有体物(遺伝資源)から得られた利益について利用者又は提供国側からファクト(エビデンス)が示されたことはない。ABSが保全に貢献したかのファクトもない。本来それがなければ有体物から目に見えないものに拡大した場合の議論や評価はできない。
- 金銭的利益配分のファクトを探すことは難しくても、非経済的利益配分は相当にあったのではないだろうか。小さい所では、論文の共著し、それを引用される事などは多くあったと考えられる。
- 何らかの利用者合意を課しているデータベースはあるが、研究者に一番利用されているDDBJやENA,NCBIは一切そのような合意書は付していない。
- 有体物から生成された情報をMATで扱った例はあるが、製品にはなっていない。新薬開発の成功確率が非常に低い中で、情報をABS枠組に入れると、更に不確定要素が増すので大きく開発のインセンティブが削がれる。
- 既に国内法で情報をABSの範囲に入れた国があるが、企業としてはよほどの利益が見込めなければアクセスしない。
- EU規則が発効しており、EU規則は提供国法の遵守をモニタリングしているが、DSIは現在ディスカッションの対象である。議論が進まない理由は、EU内でも提供国措置を設けている国があること、もしDSIが範囲に入ったら情報のモニタリングも実施しなければならないことがあると思われる。
- 2国間での利益配分の方が好まれるので、国際的な統一ルールや、多数国間利益配分の仕組みはCBDにでは難しいのでは無いか。
情報を規制することの是非
- CBD15条2項の「条約の目的に反する制限」(国際法違反)ではないか?
- CBDに基づきながら、CBDを超える法令を策定することは国際法違反ではないか?
- DSIは遺伝資源の利用か?
- 非金銭的利益配分として論文を共著とした場合、引用が利益配分となるが、DSIの議論に当てはめると、引用された場合には引用者が金銭的利益配分等を行うことになるのは変な議論となる。そのようなことは学問の発展を阻害する行為である。
- 情報を含むABS法令を持つ国のデータベースに海外からアクセスする国の場合は当該国の法令の対象なのかどうか。
- 情報を国の規制対象としている国からの、データの2次、3次利用者には規制が掛からないという状態であればよいが、現状ブラジルの国内法では2次利用者も規制の対象であり、研究者は安心して利用できない状態にある。本来それは避けるべきである。
- 学問の発展や成果の普及という日本のポリシーに関わる問題。
- 情報を含むという国内法の法的安定性と実効性に問題はないのか。
- 日米欧の国際塩基配列データベースは、オープンサイエンスのスタンスでおり、フリ-アクセス。AHTEGでは(提供国への利益配分を確保するために)をトレースする必要性を主張する人はいたが、アクセスそのものを制限するという議論にはなっていなかった。(アフリカはGMBSMを主張)
- DSIを主張する国もしくは既に国内法で規定している国の主張は、有体物の情報が今や簡単に携帯電話等で移転してしまい、それを利用されているからではないか、と思われる一方、それを交渉上前提とすることについては懸念がある。
- AHTEGに参加した半分の国は、DSIは「有体物の利用」にあたると主張したが、現在の所、それに関する合意は得ていない。
- Natural Information(観察情報を含む)という解説であったが、それが丸ごと定義として採用されれば商業利用された場合には利益配分の対象となる可能性があるが、観察情報は観察者が100%貢献している。提供者(国)の権利がなぜそこまで及ぶのか疑問である。
今後の交渉に向けて
- エビデンスベースの議論の必要性。本来、現状の遺伝資源に関しても実態を把握していなければ、遺伝資源情報に議論を拡大した時の評価が出来ないはず。
- データベースを作る力があって、データの囲い込みを図りたい国は、この議論をその他の途上国を巻き込んで規制を作る風潮を形成する可能性があり、注意を要する。
- ITPGRやUNCLOS等の他のフォーラでDSIと同じ「情報」についての利益配分が議論されているので、連携するべき。
- DSIの提供者は誰か?解析者という考え方はないのか?(AHTEGでは資源提供者=情報提供者という概念でいたので、情報の提供者という提議はなかった)
- アカデミア、先進国の企業と途上国の企業など、国際連携の必要性。
- 日本としては、まず「遺伝資源」の中に「DSIは入っていない」という主張を崩してはいけない。
- EUはEU域内28カ国で交渉し、合意に至った事項をワンボイスで発信する。環境保全を主眼に置き、途上国を巻き込みつつ、長期に亘って議論し、妥協点を探るのが常なる戦略。EUの動きにも注視すべき。
- CBDの策定の際も、実際の利用者の声を聞かずに条約が出来てしまった。DSIでは今回は、学術界やDBの運用者や利用者を含んで議論を行うべきである。
- 提供国も納得する理由の形成:オープンサイエンスの重要性。DSIは音楽データと同じではない。全ての国が遺伝資源の提供国であり利用国である。開発途上国の研究者もDSIの利用者である。情報の提供者は資源提供国か情報生成者か。CBD第15条2項(国際法)違反。情報を規制することで提供国が得られるものは何か?環境保全は国際社会の共同行動によって実施されるべきであり、遺伝資源を開発する方がよほど社会的貢献になるはずの個々の研究者や企業に負担を負わせるべきではないと言う議論。
- 日本の学術界においては、益々研究データをオープンにするような要請が盛んになる一方で、国際的には、資源提供国の国内法令で規制されるという逆の動きがある。日本における、学問の発展や、成果の普及に関する課題は文科省が担うべきであり、それを日本国のポリシーとして入れていくべきかと思う。
- 政府へのインプットも是非お願いしたい。
- 議論に貢献するためには、名古屋議定書をまとめた国としての保全等への貢献と、実際の学術界や産業界のネガティブインパクト、など我が国の複数の公共政策と、異なる目標を加味して、どの方向に行くのか、省庁間の調整等、国内における議論の場を設置し、もっと深い議論をする必要がある。
(3) 閉会
JBAから、モデレータ、講師、参加者への謝意と、この議論への参加を呼びかけて閉会。